後悔


虚しいです。
毎日会社が終わると、駐車場までの帰り道、いつも母と電話していました。
もう話し相手が居ません。
母と同じ世代の方に目が行きます。
寂しいです。


大きな後悔があります。

7月26日、母がお腹の膨らみに違和感を覚えた時、もっと違う判断をすれば良かった。
M病院を信じたのが間違いだった。
M病院のT先生の言葉を信用し、何の行動にも移さなかった。
もし、腹水初期の段階で、原因究明まで出来ていれば、何かが変わっていたかもしれない。
一休みした私が誤りだった。

そして、もっと大きな後悔。
3年半前、TS-1+諸々の治療 で、母の腫瘍が小さくなった時、あの時もっと違う行動をすべきだった。
あの時の私は、標準治療以外を信じられなくて、2年半TS-1の効果を見守っていただけだった。
あの時、違う治療も選択していれば、今、何かが変わっていたのかもしれない。

悔しいです。
目標は5年生きさせる事でした。
あと1年残っていました。


そろそろ、ブログの止め時を考えています。
いつもコメントを下さる皆様、返信が出来ずに本当に申し訳ありません。
間違いなく元気を頂いております!


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# by roll1822 | 2017-08-31 22:16 | 膵臓がん | Comments(10)

母のお通夜で驚いたこと


母が他界してから、今日で一週間です。
早いなぁ。。。
本当に早い。。。
先週の今頃は、まだ母の手を握ってたっけ?
母の背中をさすってたっけ?


私は、未だものすごい疲労感です。
今週月曜から仕事復帰したものの、まだ体がフワフワしています。
人としゃべりながらも寝てしまいそうです。


そういえば、お通夜の日に驚いたこと。

23日は当然、24日も寝られず、それでも夜は子どもを寝かせる為に自宅に戻って来ました。
12時には実家に戻るつもりで、子どもを寝かせながら1時間程度ウトウト。
夫と交換しに、実家に戻ると・・・

母の隣で、ちゃっかり並んで寝ている父!

そんな事がありますか!?
二人並んで寝ているんですよ。
しかも、父はしっかり爆睡。
疲れていたんですね、昨晩は全く寝れませんでしたから。

二人並んで、お線香の前に。


  父:「もう寝らんねがらな・・・」


そうだね。
でも、みんな居るのに、よく堂々と熟睡出来るもんだな。


お父さん、ごめんね、と思います。
もう少し、お母さんを生きさせてあげたかったです。


お母さんの心残りは、お父さん。
最後に、お父さんに「ガッカリすんなな。」と言ったお母さん。
難しいお願いだよ。。。




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# by roll1822 | 2017-08-30 22:00 | 膵臓がん | Comments(4)

母の最期


たくさんのコメントを頂きありがとうございます。
26日に告別式が無事に終わり、昨日から会社に復帰しています。
ですが、疲労があまりにも激しく、ようやくブログを更新出来る気持ちになりました。


母の最期を綴ります。


23日は、18時半に病院で紹介状を受け取る約束をしていました。
24日に、緩和病棟を訪ねてみようと思っていたのです。
近くの病院に転院希望を出していました。
在宅医療とも悩みましたが、一番近い在宅医療の医師に、腹水を抜く事が出来ないと言われて、迷う余地なく転院を希望する事にしたのです。

当日は、夫が残業だった為、長男と次男を連れて、母の病院に向かっていました。

18時11分、病院から電話が来ました。
あと何分で着くのか?と。
母親の状態があまり良くない、話がしたいから、すぐに来て欲しい、と。


母は、個室に移っていました。

母は、私の顔を見て、
「さっき、ものすごく苦しかったんだぁ・・・」
と、苦しそうに言います。

すぐに、モルヒネを使ってもらうようにお願いしました。

母は、今直ぐ、父と兄を呼んで欲しいと言うのです。
モルヒネを使うのは初めてでしたから、私は、今日はきっと落ち着くだろう、と思い込んでいましたが、念のために二人を病院に呼びました。

  母:「まだ来ねのが?」

母は焦っていました。

  母:「薬はまだだが?」

すごくすごく苦しそうでした。


19時半頃、父と兄が病院に着きました。

母は、苦しそうに父に言いました。

  母:「ガッカリすんなな。家ば、守って行がんなねんだがらな・・・」

これが、母の最後のメッセージ。
母は、最期を分かっていたのです。

そこからは、あっという間でした。
苦しさが全く落ち着かないので、15分おきに、モルヒネの速度を早めてもらいました。

  roll:「どうしてこんなに効かないんですか?」

  看護師さん:「 体の変化に、モルヒネが追いつけないんですよ。」

母は、しっかり意識はあって、
「まだ苦しい?もっと早めてもらう?」
を私が聞くと、暫くは「うん」と答えてくれていました。

母はベッドの上で、苦しそうに何度も何度も姿勢を変えます。
膵臓がんの痛みは、苦しいとも痛いとも違う
”身の置き所のないような辛さ”
という表現を聞いた事がありました。
まさしくそんな感じでした。

左側を下に寝ると痛いので、いつも右側を下に寝ています。

きっと、肺にも水が回っていたのだと思います。
呼吸がとても苦しそうでした。
痛みよりも息苦しさの方が辛かったように見えました。

母は、多くの人を呼ぶ事を嫌がったので、最期は父、兄、私の3人だけ。
途中、伯母(母の実姉)だけは、病院に来てもらいました。
桃農家なので、朝が早いのですが。

21時過ぎ、母は伯母夫婦に、

  母:「もう帰れは。。。 
     roll達は、まだ居でけろよ。寂しくなっから。」

  roll:「あたりまえだ。ずっと居るよ。」

そして、

  母:「駐車券渡してけろ。」

これが、母の最後の言葉でした。

徐々に意識が朦朧としていき、わずかに開いている目は虚ろになっていきました。
それでも、頷く事は出来ました。

徐々に呼吸がゆっくりになって行きました。
最期に近づくと、目はしっかり閉じ、苦しそうな表情は全くありませんでした。

少しずつ少しずつ最期を迎えました。
きちんと最後まで、私は母の手を握る事が出来ましたし、兄と父と3人でしっかり看取る事が出来ました。

23日23時47分、とても穏やかに息を引き取りました。


23日、17時まで、母は元気に過ごしました。
父に、ガリガリくんが食べたいと言い、明日スプーンを持って来るようにお願いしていたそうです。

その後、急変したのですね。
14日に入院してから、1日1日悪くなって行きましたが、こんなに猛スピードを死を迎えるとは、誰も想像していませんでした。

しゃべれなくなるのは嫌だ、トイレに一人で行けないのは嫌だ、誰かに迷惑を掛けるのは嫌だ、そんな母の心の声がずっと聞こえていました。
母は、息を引き取る直前までしゃべれたし、排泄も自分で行えました(トイレまでは車椅子です)。

母らしい最期でした。
潔い最期でした。
そして、穏やかな穏やかな最期でした。




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# by roll1822 | 2017-08-29 16:21 | 膵臓がん | Comments(5)

最後まで頑張ります


用事があって、ちょっとだけ自宅に戻って来ました。

コメントをたくさん頂き、また涙です。
本当に本当に、皆様に支えられています。
ありがとうございます。



明日26日、告別式です。

最後まで頑張ります。
田舎のお葬式は、とても大変なんです。


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# by roll1822 | 2017-08-25 08:36 | 膵臓がん | Comments(11)

8月23日午後11時47分


母が他界しました。

これまで、ありがとうございました。


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# by roll1822 | 2017-08-24 21:34 | 膵臓がん | Comments(11)

2013年10月、母の膵臓癌が発覚。ステージⅣaですが、3年間元気に生きています。最新治療ナノナイフの経過を記録していきます。


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