<   2017年 12月 ( 2 )   > この月の画像一覧

希望を持つ


ブログを始めたのは、ナノナイフ適応が決まったとき。
希望しかありませんでした。
ナノナイフの情報があまりに少なかった為に、私が情報を発信したいと思って、夫にこのブログを立ち上げてもらいました。
前向きなブログ、期待できる治療法、、、、でも一番気になるのは最後のページ。
私は、手術できないステージⅣでも、死でブログを閉じたくなかった。
治してみせる!少しでも永くブログを書いてみせる!って、ブログを始めたのだった。

後悔。
後悔していると以前ブログに書きました。
それは、今、母が死んでしまった結果論。。。

でも、この4年間、希望があった事に間違いはない・・・。

思うんです。
医者や治療を信じるとか信じないとか、そういう事ではないのです。
癌患者や癌患者の家族が信じて良いのは、自分自身だけです。
自分自身がどう思うか、どう選択するか、だと思うのです。

テレビや週刊誌で、高濃度ビタミンC注や樹状細胞など、様々な標準外治療がよくたたかれます。
癌が消える、って書いてあるのに!癌を治せる、って医者が言ったのに!って。

病院も治療法も選択するのは、結局自分自身でしかありません。
胡散臭くても信じたのは自分ですから、自分の選択に責任を持つべきだと思うのです。

母は、よく話していました。
ナノナイフで期待する結果は得られなかった。
でも、ナノナイフには希望があった。
あの時、M安先生と出会えて、希望を持てただけでも後悔はしていない。

憎い病院、憎たらしい医師達の事を話したらキリがありません。
でも、結局、それを選んだのは私ですから。
それを選んだ自分自身を責める事しかできないのです。

私は、4年前の今頃、今の自分が私だったら、また違った人生があったのかもしれないと思うのです。
ブログ村で得られる知識、感情、様々な方々との出会い。
私は、コメント欄は、とても良い場所だと思います。
生の声を聞き、それを信じるも信じないも、御自分で考える事です。
結局、ブログだって素性は分からないわけで、私が書いているナノナイフだって嘘かもしれないわけで。。。


私の母は、暗い待合室を明るい場所に変えました。
みんな話したいのです。情報共有したいのです。分かち合いたいのです。励ましあいたいのです。
母の告別式、母の癌友さん達が遠方からたくさん出席して下さいました。
ものすごく号泣して下さる方がいらっしゃいました。
母は、この方々に元気を頂き、そして元気を与えていたのです。
出会って短い時間でもすごく濃い仲間だったのです。

約4年間、希望がありました。
常に、母と手をつないで歩いていました。
時には引っ張り、時には引っ張られながら。

母は死んでしまいました。
でも、最後まで希望を捨てませんでした。
主治医に従い、抗がん剤治療のみを受けていたら、この希望に出会う事はありませんでした。
標準外治療にお金をかけて、最終的に約4年間で命は途絶えましたが、常に希望を持って先を見て生きられただけでも、標準外治療を否定することは出来ないのでないかと思うのです。


私の母は、3年10ヶ月、元気に生きました。
母の目標は、かっちゃんさんでした。
Y乙女病院で、看護師さんに「かっちゃん、って来てる?」と聞いた程です。
看護師さんもご存じでしたよ、かっちゃんさんの事。


希望を持つ、って大事な事だと思います。
明日があるというだけでも、実はすごい事なんだと思います。


   ↓ いつも力を頂いています!たくさんの情報があります!

にほんブログ村

  

[PR]
by roll1822 | 2017-12-02 00:44 | 膵臓がん | Comments(24)

母の膵臓癌発覚から、4年経過。


コメント欄を開放したがために、御迷惑をかけてしまいました。
かっちゃんさん含め皆様、申し訳ありません。


お久しぶりです。
久しぶり過ぎて、ブログの投稿の仕方を忘れてしまい、夫に教えてもらいました・・・。

母の膵臓癌が発覚し、まる4年が経過しました。
母が他界し、3か月が経過。

涙は出なくなりました。
でも、いつも母の事を考えます。
話したい事がたくさんたまってしまいました。
母の代わりは誰も居ないのです。

今、長男が受験生です。
中学受験です。
受験まで、あと1ヶ月、一緒に勉強しています!

昨日、長男と二人で塾のテキストを解いている時、長男に言われたのです。
「ママの手、ばあちゃんに似てるね。」って。

初めて言われたな・・・。

そして、考えたこと。
長男は、ばあちゃんの手を覚えていたんだ・・・。

そういえば、塾でたくさん作文を書くのですが、先日のお題→「尊敬する人物」。
長男は、なんと ”祖母” と書いていたのです。
祖母は、末期の膵臓癌で手術が出来なかった。
目の前には死が待っていて、でも、それなのにいつも笑顔で、僕にサッカー頑張れ!受験頑張れ!って応援してくれた。いつも明るく周りに元気や勇気を与えてくれた。中学に合格したって、祖母に伝えたかったな・・・と。
「俺さ~、面接で尊敬する人は?って聞かれたら、泣いちゃうかもしれないよ。」って言ってた。

夫も時々、母の話をします。
Y乙女の病院に、母を毎週連れて行ってくれた夫、
このテレビ、車の中でばあちゃんとよく見たよ、とか、やっと国道の工事が終わったって伝えたいな、とか。
約3年間、毎週仙台に通ってくれましたから。

次男は、将来の夢が、”パティシエ” から ”お薬屋さん” に変わりました。
癌のお薬を作るのだそうです。
ばあちゃんが死んで、みんなすごく泣いた。だから、僕が癌のお薬を作ってみんなを笑顔にするんだ!って。
(それは、お薬屋さんではないんですけどね・・・。)

父は、、、
相変わらず元気はありません。
すっかりおとなしくなってしまって、小さく小さくなってしまいました。
威勢はゼロです。
「なんか困った事ない?欲しい物とかない?」と電話すると、
「何もない。お母さんが居ないのがだけが困ってる・・・。」

でも、焼肉に誘われて、兄夫婦とみんなでお肉を御馳走になりました。
夕飯は、隣に住んでいる兄夫婦が一緒に食べてくれています。
義姉に感謝です。


母の部屋が片付きません。
私一人で、毎週日曜、ちょっとずつ片付けています。


雪が降っています。
母が亡くなった日は暑かったのに。。。


実家のカレンダーが、6月で止まっていました。
あぁ。この頃から母は辛かったんだろうな、と感じました。
6月に仙台の土屋鞄で次男のランドセルを買ってもらいました。
あれが、最後のお出掛けでした。
7月頃から、母は最期を覚悟し始めました。
ボロボロの母の体は、母の気力で支えられていたのではないかと思います。
母が諦める同時に、みるみる崩れ始めて、苦しくなった時は「どれ、死ぬか・・・」という感じ。
本当に母らしい。。。


   ↓ いつも力を頂いています!たくさんの情報があります!

にほんブログ村


[PR]
by roll1822 | 2017-12-02 00:28 | 膵臓がん | Comments(2)

2013年10月、母の膵臓癌が発覚。ステージⅣaですが、3年間元気に生きています。最新治療ナノナイフの経過を記録していきます。


by roll1822
プロフィールを見る
画像一覧