カテゴリ:膵臓がん( 249 )

母が膵臓がんになった理由


母のお通夜で知ったこと・・・

母の従姉三人が膵臓がんで亡くなっていました。
みんな60代。
みんな母方の従姉だそうです。

母のお姉さんから聞きました。
愕然としました。
三人も・・・。


悪い遺伝子だったんだな・・・と思いました。


もちろん遺伝だけが癌の原因ではありません。
リスクが高かったのです。
高いという事を、もっと真剣に考えるべきでした。
食生活や生活習慣、飲酒、ストレスなど、他人よりも気を付けなければならなかったのでしょうね。


母は、40代に乳がん、50代に甲状腺がんを患っていましたので、検査はとてもマメに受けていました。
検査にはお金をかけていました。
だからとても安心していたのです。

でも、60代で膵臓がんが見つかった時には、既にステージⅣa。
5月の検査結果では何事もなかったのに、10月の検査でつまづいたのです。


今更言っても、何にもなりませんけどね・・・。
後悔にもなりません・・・。



私が思うこと・・・
私もその遺伝子を受け継いでいるんだな、と。


相変わらず、父の元気が無くて困っています。
未だに泣いてばかりいます。
まだ、母の携帯電話に父の着信があります。
私にも兄にも自分達の生活がありますが、父には母との生活しかありませんでしたからね。
・・・困っています。



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by roll1822 | 2017-09-13 22:22 | 膵臓がん | Comments(11)

父の不思議な行動


母の携帯電話は、私が持っています。
母の友達から電話が来たら、私がお話したいと思ったから。

9月2日、着信がありました。
父から。

よく見ると、8月27日、母の葬儀の次の日にも父から着信が。

不思議な事に、両方とも9時33分。


父は、誰かと間違っているのかな?
でも、電話する相手も居ないし。

出れば良いな・・・とでも思っているのかな・・・。

何となく、父には聞けない。

今日、二七日のお参りが終わりました。
早くも二週間が経過しました。
バタバタの二週間でした。
まだ事務手続きやら四十九日の準備やらで、忙しい日々が続いています。

さっきまで実家に居ましたが、ようやく父に元気が出て来たような気がします。

「俺は、この先、ずっと一人なんだべが?」と聞かれました。

「何言ってんだ?当たり前だべ!」とroll。

「それが、受け入れられないんだずなぁ。。。良い相棒だったんだよぉ。。。」と父。

話してくれるだけ、少し前を見れるようになったのかもしれませんね。

でも、受け入れられないもんですよ。
私だって。


ただ・・・不思議なんですけど、
今日の母の写真、初めて笑っているような気がしました。
兄に言ったら、
「俺もそう思ってた。」って。

ちょっとずつ、みんなが前に進もうとしているのかもしれません。



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by roll1822 | 2017-09-05 23:23 | 膵臓がん | Comments(19)

大嫌いな主治医だったけど


地元の主治医が大嫌い。
今もそれは変わりません。

それでも母は、最後の一週間、主治医に助けを求めました。
正確には、主治医の居る病院に。。。

8月14日に病院に駆けつけたわけですが、主治医は一週間の休暇中。
主治医の代わりに担当医として最期まで面倒診てくださったのが、I先生。

とても良い先生でした。
20代です、多分。

私が思う「ダメな医者」とは、キツイ事、厳しい事をズバズバ言う嫌なヤツの事ではなくて・・・
現在の病状もこれからの治療も何の説明もしない口数の少ないヤツ。
患者のお腹を触った事のない、患者の目を見て喋らないヤツ。
そして、ガイドライン、ガイドラインと自分を守る治療しか提案出来ないヤツ。
患者の気持ちは全く考えてくれないのは当然、患者の質問すら受けつけないヤツ。

I先生は、私と母の双方の気持ちを考えて下さる先生でした。
その結果、母には、最期の病状は伝えませんでした。
肝臓に転移、腹膜播種、原因不明の出血。
これまで関わった医師達は、全て母の前で正直に病状を伝えて来ました。
現代はそういうものですよね?
でも、I先生だけは違っていて、昔ながらの「娘さんだけに・・・」と。
もう永くないと分かりきっている母に、本当の事を伝える気にはなれませんでしたので、助かりました。
なぜこんなに悪いのか分からないみたい・・・それで良い。

そういえば、14日から息を引き取る23日までの間に、1日だけ主治医が母の前に現れました。
I先生が休みの日。19日だったかな。
最後の母と主治医の会話です。

 母:「エンシャア・リキッドを飲むようになったら下痢するんですよ。」
 主治医:「出ないよりは良いから。」

はぁ・・・
これが、主治医の最後。
申し訳ないですが、私は主治医に感謝していません。
感謝しません。


最後の一週間で分かりました。
この病院は、良い病院でした。
まず何より看護師さん達が素晴らしいのです。
母は、始めから最期まで、看護師さん達に助けられていたのです。
44歳で乳がんになった時から現在まで通い続けた馴染みの病院で、母は安心して旅立つ事が出来たと思います。

主治医が嫌いで、ずっと転院を希望して来ましたが、結局はこの病院で良かったと、この病院が母にとってベストだったんだと、今考えています。


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by roll1822 | 2017-09-01 22:27 | 膵臓がん | Comments(2)

後悔


虚しいです。
毎日会社が終わると、駐車場までの帰り道、いつも母と電話していました。
もう話し相手が居ません。
母と同じ世代の方に目が行きます。
寂しいです。


大きな後悔があります。

7月26日、母がお腹の膨らみに違和感を覚えた時、もっと違う判断をすれば良かった。
M病院を信じたのが間違いだった。
M病院のT先生の言葉を信用し、何の行動にも移さなかった。
もし、腹水初期の段階で、原因究明まで出来ていれば、何かが変わっていたかもしれない。
一休みした私が誤りだった。

そして、もっと大きな後悔。
3年半前、TS-1+諸々の治療 で、母の腫瘍が小さくなった時、あの時もっと違う行動をすべきだった。
あの時の私は、標準治療以外を信じられなくて、2年半TS-1の効果を見守っていただけだった。
あの時、違う治療も選択していれば、今、何かが変わっていたのかもしれない。

悔しいです。
目標は5年生きさせる事でした。
あと1年残っていました。


そろそろ、ブログの止め時を考えています。
いつもコメントを下さる皆様、返信が出来ずに本当に申し訳ありません。
間違いなく元気を頂いております!


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by roll1822 | 2017-08-31 22:16 | 膵臓がん | Comments(10)

母のお通夜で驚いたこと


母が他界してから、今日で一週間です。
早いなぁ。。。
本当に早い。。。
先週の今頃は、まだ母の手を握ってたっけ?
母の背中をさすってたっけ?


私は、未だものすごい疲労感です。
今週月曜から仕事復帰したものの、まだ体がフワフワしています。
人としゃべりながらも寝てしまいそうです。


そういえば、お通夜の日に驚いたこと。

23日は当然、24日も寝られず、それでも夜は子どもを寝かせる為に自宅に戻って来ました。
12時には実家に戻るつもりで、子どもを寝かせながら1時間程度ウトウト。
夫と交換しに、実家に戻ると・・・

母の隣で、ちゃっかり並んで寝ている父!

そんな事がありますか!?
二人並んで寝ているんですよ。
しかも、父はしっかり爆睡。
疲れていたんですね、昨晩は全く寝れませんでしたから。

二人並んで、お線香の前に。


  父:「もう寝らんねがらな・・・」


そうだね。
でも、みんな居るのに、よく堂々と熟睡出来るもんだな。


お父さん、ごめんね、と思います。
もう少し、お母さんを生きさせてあげたかったです。


お母さんの心残りは、お父さん。
最後に、お父さんに「ガッカリすんなな。」と言ったお母さん。
難しいお願いだよ。。。




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by roll1822 | 2017-08-30 22:00 | 膵臓がん | Comments(4)

母の最期


たくさんのコメントを頂きありがとうございます。
26日に告別式が無事に終わり、昨日から会社に復帰しています。
ですが、疲労があまりにも激しく、ようやくブログを更新出来る気持ちになりました。


母の最期を綴ります。


23日は、18時半に病院で紹介状を受け取る約束をしていました。
24日に、緩和病棟を訪ねてみようと思っていたのです。
近くの病院に転院希望を出していました。
在宅医療とも悩みましたが、一番近い在宅医療の医師に、腹水を抜く事が出来ないと言われて、迷う余地なく転院を希望する事にしたのです。

当日は、夫が残業だった為、長男と次男を連れて、母の病院に向かっていました。

18時11分、病院から電話が来ました。
あと何分で着くのか?と。
母親の状態があまり良くない、話がしたいから、すぐに来て欲しい、と。


母は、個室に移っていました。

母は、私の顔を見て、
「さっき、ものすごく苦しかったんだぁ・・・」
と、苦しそうに言います。

すぐに、モルヒネを使ってもらうようにお願いしました。

母は、今直ぐ、父と兄を呼んで欲しいと言うのです。
モルヒネを使うのは初めてでしたから、私は、今日はきっと落ち着くだろう、と思い込んでいましたが、念のために二人を病院に呼びました。

  母:「まだ来ねのが?」

母は焦っていました。

  母:「薬はまだだが?」

すごくすごく苦しそうでした。


19時半頃、父と兄が病院に着きました。

母は、苦しそうに父に言いました。

  母:「ガッカリすんなな。家ば、守って行がんなねんだがらな・・・」

これが、母の最後のメッセージ。
母は、最期を分かっていたのです。

そこからは、あっという間でした。
苦しさが全く落ち着かないので、15分おきに、モルヒネの速度を早めてもらいました。

  roll:「どうしてこんなに効かないんですか?」

  看護師さん:「 体の変化に、モルヒネが追いつけないんですよ。」

母は、しっかり意識はあって、
「まだ苦しい?もっと早めてもらう?」
を私が聞くと、暫くは「うん」と答えてくれていました。

母はベッドの上で、苦しそうに何度も何度も姿勢を変えます。
膵臓がんの痛みは、苦しいとも痛いとも違う
”身の置き所のないような辛さ”
という表現を聞いた事がありました。
まさしくそんな感じでした。

左側を下に寝ると痛いので、いつも右側を下に寝ています。

きっと、肺にも水が回っていたのだと思います。
呼吸がとても苦しそうでした。
痛みよりも息苦しさの方が辛かったように見えました。

母は、多くの人を呼ぶ事を嫌がったので、最期は父、兄、私の3人だけ。
途中、伯母(母の実姉)だけは、病院に来てもらいました。
桃農家なので、朝が早いのですが。

21時過ぎ、母は伯母夫婦に、

  母:「もう帰れは。。。 
     roll達は、まだ居でけろよ。寂しくなっから。」

  roll:「あたりまえだ。ずっと居るよ。」

そして、

  母:「駐車券渡してけろ。」

これが、母の最後の言葉でした。

徐々に意識が朦朧としていき、わずかに開いている目は虚ろになっていきました。
それでも、頷く事は出来ました。

徐々に呼吸がゆっくりになって行きました。
最期に近づくと、目はしっかり閉じ、苦しそうな表情は全くありませんでした。

少しずつ少しずつ最期を迎えました。
きちんと最後まで、私は母の手を握る事が出来ましたし、兄と父と3人でしっかり看取る事が出来ました。

23日23時47分、とても穏やかに息を引き取りました。


23日、17時まで、母は元気に過ごしました。
父に、ガリガリくんが食べたいと言い、明日スプーンを持って来るようにお願いしていたそうです。

その後、急変したのですね。
14日に入院してから、1日1日悪くなって行きましたが、こんなに猛スピードを死を迎えるとは、誰も想像していませんでした。

しゃべれなくなるのは嫌だ、トイレに一人で行けないのは嫌だ、誰かに迷惑を掛けるのは嫌だ、そんな母の心の声がずっと聞こえていました。
母は、息を引き取る直前までしゃべれたし、排泄も自分で行えました(トイレまでは車椅子です)。

母らしい最期でした。
潔い最期でした。
そして、穏やかな穏やかな最期でした。




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by roll1822 | 2017-08-29 16:21 | 膵臓がん | Comments(5)

最後まで頑張ります


用事があって、ちょっとだけ自宅に戻って来ました。

コメントをたくさん頂き、また涙です。
本当に本当に、皆様に支えられています。
ありがとうございます。



明日26日、告別式です。

最後まで頑張ります。
田舎のお葬式は、とても大変なんです。


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by roll1822 | 2017-08-25 08:36 | 膵臓がん | Comments(11)

8月23日午後11時47分


母が他界しました。

これまで、ありがとうございました。


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by roll1822 | 2017-08-24 21:34 | 膵臓がん | Comments(11)

延命措置はしなくて良いです。


担当医から、聞かれました。


もしも、この先、呼吸が止まってしまったり、心臓が止まってしまったり、突然大変なことが起こるかもしれません。
明日からもしれないし、今この時ですら危ないのです。
その覚悟はしておいて下さい。

重要な事なので先に確認させて下さい。
延命措置は希望しますか?


兄は、rollが決めて良いと言いました。
これまで、一緒に頑張って来たのはrollだから、お前が決めた通りで良い、と。


私は迷いませんでした。

希望しません。
延命措置はしなくて良いです。
痛くなく、苦しくなく・・・それだけお願いします。


どんなに辛い話をされても我慢してきたのですが、この延命の話だけは、泣く事を我慢出来ませんでした。


父や母には聞いていません。
私が決めました。
何が正解か分かりません。
でも、私は迷いませんでした。

理由は、・・・分かりません。


でも、帰る時に兄が、俺もそう思っていた、と言ってくれました。


今日の母は、起きて水を飲む事が辛くなり、寝たままストローで水を飲むことになりました。
昨日腹水を抜いてもらいましたが、あっという間に元に戻ってしまうようです。
痛み止めは、トラマドールの経口を止め、点滴に変わりました。
癌の痛みというより、お腹の張りが辛いようです。



母の顔を見て、お母さんってどういう時に笑うんだっけ?と、母の笑顔を思い出せなくなってしまいました。



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by roll1822 | 2017-08-22 23:00 | 膵臓がん | Comments(8)

隠したって分かる


母は日に日に悪くなっていきます。
土曜は仕事が終わってから。
日曜は塾のお迎えが終わってから。
可能な限り母の側に居ました。

母が、今、口に出来るのは、水、エンシャア・リキッド、稀に100%オレンジジュース。
腹水になるだけなので、点滴は最小限、だから栄養は経口でエンシャア・リキッド1缶、1日かけて頑張って飲んでいます。

もう歩けないし、車椅子でトイレに行くも、ゼーゼーしながら帰って来ます。
ベッドに座る事すら辛くなりました。
声にも、もう元気はありません。

私から「家に帰ろう!」と言いました。

母は、兄に気を使っていたようですが、兄が在宅医療を希望している事を話したら、とても喜んでくれました。


父は、毎日病院に通っています。
片道1時間くらいかかります。

毎晩、父に電話をするんです。

  roll:「今日は、どうだっけ?」
  父:「昨日より悪いな・・・」

毎日この会話です。

そして今日は、

  父:「お母さんがよ、もう家には帰れない、って言うんだ・・・」

今日は、母と病院で泣いたそうです。


本当の事は、私と兄しか知りません。
父にも母にも言えなかったのです。
嘘は付かない、でも真実は言わない、兄と二人で決めたのです。

お腹の膨らみは全て癌。
既に肝臓にも転移している。
腸がプカプカ浮いていて、もう食べ物は食べられない。
血管を腫瘍が取り囲んでいて、いつ血管が詰まるかも分からない。
腹水は抜けば抜くほど出て来る。
出血の原因は分からない。
何の治療も無い。痛みを緩和するだけ。
・・・そんな事、言えるわけがない。誰が何と言おうと言いたくないんです。

でも、父も母も、永く無い事は分かっています。
今日、兄が言いました。
父が可愛そうだって。
毎日毎日、「良くならないなぁ・・・」って言ってる、って。

無力です。
私には、何も出来ません。

昨日、母の足をさすりました。
とうとう足も浮腫んできました。
アイスが食べたいって言うから、二人で抹茶かき氷を食べました。
母は、5口くらい食べました。


今日で入院から一週間。
あまりに急すぎて、結局・・・できる覚悟が無いんです。




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by roll1822 | 2017-08-21 23:31 | 膵臓がん | Comments(19)

2013年10月、母の膵臓癌が発覚。ステージⅣaですが、3年間元気に生きています。最新治療ナノナイフの経過を記録していきます。


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