大嫌いな主治医だったけど


地元の主治医が大嫌い。
今もそれは変わりません。

それでも母は、最後の一週間、主治医に助けを求めました。
正確には、主治医の居る病院に。。。

8月14日に病院に駆けつけたわけですが、主治医は一週間の休暇中。
主治医の代わりに担当医として最期まで面倒診てくださったのが、I先生。

とても良い先生でした。
20代です、多分。

私が思う「ダメな医者」とは、キツイ事、厳しい事をズバズバ言う嫌なヤツの事ではなくて・・・
現在の病状もこれからの治療も何の説明もしない口数の少ないヤツ。
患者のお腹を触った事のない、患者の目を見て喋らないヤツ。
そして、ガイドライン、ガイドラインと自分を守る治療しか提案出来ないヤツ。
患者の気持ちは全く考えてくれないのは当然、患者の質問すら受けつけないヤツ。

I先生は、私と母の双方の気持ちを考えて下さる先生でした。
その結果、母には、最期の病状は伝えませんでした。
肝臓に転移、腹膜播種、原因不明の出血。
これまで関わった医師達は、全て母の前で正直に病状を伝えて来ました。
現代はそういうものですよね?
でも、I先生だけは違っていて、昔ながらの「娘さんだけに・・・」と。
もう永くないと分かりきっている母に、本当の事を伝える気にはなれませんでしたので、助かりました。
なぜこんなに悪いのか分からないみたい・・・それで良い。

そういえば、14日から息を引き取る23日までの間に、1日だけ主治医が母の前に現れました。
I先生が休みの日。19日だったかな。
最後の母と主治医の会話です。

 母:「エンシャア・リキッドを飲むようになったら下痢するんですよ。」
 主治医:「出ないよりは良いから。」

はぁ・・・
これが、主治医の最後。
申し訳ないですが、私は主治医に感謝していません。
感謝しません。


最後の一週間で分かりました。
この病院は、良い病院でした。
まず何より看護師さん達が素晴らしいのです。
母は、始めから最期まで、看護師さん達に助けられていたのです。
44歳で乳がんになった時から現在まで通い続けた馴染みの病院で、母は安心して旅立つ事が出来たと思います。

主治医が嫌いで、ずっと転院を希望して来ましたが、結局はこの病院で良かったと、この病院が母にとってベストだったんだと、今考えています。


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Commented by かっちゃん at 2017-09-02 05:23 x
私は他のブロガーの方の記事を見ていて、ドクターに恵まれていると思っています。昨日の出来事です。 ➡ ➡ 私としては早く退院して埼玉に行きたいので、朝のドクターK(手術担当)先生の回診時に『退院日はいつになりそうですか?』と質問したら『あと1週間様子をみたい。』との話でした。膵臓癌は進行が早いから、私からのこの質問は三度目でした。看護婦を介しても『今後検査などあるか知りたい。』と伝えておいたものだから、ドクターK先生は『しつこいなあ』と思ったに違いありません。そうこうしてるうちに、入院後初の主治医(ドクターS先生)による診察がありました。その際に三浦病院に早く入院して治療したい旨を話したら主治医は次の通りの話をして、その場から三浦病院に電話交渉をしてくれました。そしてすぐに紹介状とCDを作成してくれました。『血液検査の結果から大分回復しているようだ。することもなく病院にいてもつまらないでしょう?明日退院にしましょうか?』 ➡ ➡ 『はい、お願いします。』と全てがサクサクと思い通りに順調にいきました。もう退院できます。自宅に着いたら、3週間入院の準備をします。5日は糖尿病の診察、6日が腫瘍内科の診察、7日にはいよいよ三浦病院です。台風が来てますが、それまで暇があれば釣りにも行きたいです。主治医は私の余命が月単位なことを知っています。癌の大きさからして次に起こるのは腹膜転移です。その前に動治療法でストップをかけたい。
Commented by roll1822 at 2017-09-05 23:28
> かっちゃんさん
もうすぐ三浦病院ですか!ぜひ感想を聞きたいです。いろんな先生とお話されたかっちゃんさん、院長先生の印象はどんなものか。
まだまだかっちゃんさんには勢いがありますね!無事に治療が進められる事を願います。
by roll1822 | 2017-09-01 22:27 | 膵臓がん | Comments(2)

2013年10月、母の膵臓癌が発覚。ステージⅣaですが、3年間元気に生きています。最新治療ナノナイフの経過を記録していきます。


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