母の最期


たくさんのコメントを頂きありがとうございます。
26日に告別式が無事に終わり、昨日から会社に復帰しています。
ですが、疲労があまりにも激しく、ようやくブログを更新出来る気持ちになりました。


母の最期を綴ります。


23日は、18時半に病院で紹介状を受け取る約束をしていました。
24日に、緩和病棟を訪ねてみようと思っていたのです。
近くの病院に転院希望を出していました。
在宅医療とも悩みましたが、一番近い在宅医療の医師に、腹水を抜く事が出来ないと言われて、迷う余地なく転院を希望する事にしたのです。

当日は、夫が残業だった為、長男と次男を連れて、母の病院に向かっていました。

18時11分、病院から電話が来ました。
あと何分で着くのか?と。
母親の状態があまり良くない、話がしたいから、すぐに来て欲しい、と。


母は、個室に移っていました。

母は、私の顔を見て、
「さっき、ものすごく苦しかったんだぁ・・・」
と、苦しそうに言います。

すぐに、モルヒネを使ってもらうようにお願いしました。

母は、今直ぐ、父と兄を呼んで欲しいと言うのです。
モルヒネを使うのは初めてでしたから、私は、今日はきっと落ち着くだろう、と思い込んでいましたが、念のために二人を病院に呼びました。

  母:「まだ来ねのが?」

母は焦っていました。

  母:「薬はまだだが?」

すごくすごく苦しそうでした。


19時半頃、父と兄が病院に着きました。

母は、苦しそうに父に言いました。

  母:「ガッカリすんなな。家ば、守って行がんなねんだがらな・・・」

これが、母の最後のメッセージ。
母は、最期を分かっていたのです。

そこからは、あっという間でした。
苦しさが全く落ち着かないので、15分おきに、モルヒネの速度を早めてもらいました。

  roll:「どうしてこんなに効かないんですか?」

  看護師さん:「 体の変化に、モルヒネが追いつけないんですよ。」

母は、しっかり意識はあって、
「まだ苦しい?もっと早めてもらう?」
を私が聞くと、暫くは「うん」と答えてくれていました。

母はベッドの上で、苦しそうに何度も何度も姿勢を変えます。
膵臓がんの痛みは、苦しいとも痛いとも違う
”身の置き所のないような辛さ”
という表現を聞いた事がありました。
まさしくそんな感じでした。

左側を下に寝ると痛いので、いつも右側を下に寝ています。

きっと、肺にも水が回っていたのだと思います。
呼吸がとても苦しそうでした。
痛みよりも息苦しさの方が辛かったように見えました。

母は、多くの人を呼ぶ事を嫌がったので、最期は父、兄、私の3人だけ。
途中、伯母(母の実姉)だけは、病院に来てもらいました。
桃農家なので、朝が早いのですが。

21時過ぎ、母は伯母夫婦に、

  母:「もう帰れは。。。 
     roll達は、まだ居でけろよ。寂しくなっから。」

  roll:「あたりまえだ。ずっと居るよ。」

そして、

  母:「駐車券渡してけろ。」

これが、母の最後の言葉でした。

徐々に意識が朦朧としていき、わずかに開いている目は虚ろになっていきました。
それでも、頷く事は出来ました。

徐々に呼吸がゆっくりになって行きました。
最期に近づくと、目はしっかり閉じ、苦しそうな表情は全くありませんでした。

少しずつ少しずつ最期を迎えました。
きちんと最後まで、私は母の手を握る事が出来ましたし、兄と父と3人でしっかり看取る事が出来ました。

23日23時47分、とても穏やかに息を引き取りました。


23日、17時まで、母は元気に過ごしました。
父に、ガリガリくんが食べたいと言い、明日スプーンを持って来るようにお願いしていたそうです。

その後、急変したのですね。
14日に入院してから、1日1日悪くなって行きましたが、こんなに猛スピードを死を迎えるとは、誰も想像していませんでした。

しゃべれなくなるのは嫌だ、トイレに一人で行けないのは嫌だ、誰かに迷惑を掛けるのは嫌だ、そんな母の心の声がずっと聞こえていました。
母は、息を引き取る直前までしゃべれたし、排泄も自分で行えました(トイレまでは車椅子です)。

母らしい最期でした。
潔い最期でした。
そして、穏やかな穏やかな最期でした。




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Commented by サエ at 2017-08-29 17:14 x
roll様、初めてコメントさせていただきます。

私の夫は今年の2月に膵臓癌で亡くなりました。
rollさんのお母様と同じ Ⅳaでした。3年間も頑張っていらっしゃるお二人を心から応援しておりました。
でも、お母様、お幸せです。娘さんにここまで看病してもらって…。
rollさんもこれからお疲れが出るかと思いますので ご自愛下さい。
そして、お父様もこれから急に寂しくなるでしょうから 支えてあげて下さいね。

お母様のご冥福を心からお祈り申し上げます。
Commented by はやまま at 2017-08-29 20:40 x
rollさん、優しくてすてきなお母様でしたね。
ほんとにほんとにすてきなお母様。
きっとそんなお母様のオコサマだから、rollさんも、すてきなお母様になりますね!
お仕事を再開されたんですね。
ご無理なさらず、ゆっくりできるときはゆっくりしてくださいね。

残暑厳しくまだまだたいへんですが、御自愛くださいませ。
Commented by usijima21 at 2017-08-30 00:21
roollさん
同じ癌戦争の前線の戦友が、亡くなったように、悲しいです。御冥福、心より祈念したいます(涙)
Commented by かっちゃん at 2017-08-30 07:44 x
rollさん、本当にお疲れ様でした。ずっとブログを見ていて、その急変ぶりには目を見張るものがありました。出血を伴う今回のことについて、私は直ぐに十二指腸の粘膜壊死を疑いました。動注療法で使った抗がん剤が十二指腸に流れ込むと十二指腸に穴が開いたりします。十二指腸に穴が開くのはかなりとんでもないことなのです。 私は退院まであと1週間かかりますが、その後三浦病院に入院予定ですから、入院したら三浦先生には、抗がん剤により十二指腸で粘膜壊死が起こらないような治療をリクエストします。
Commented by bin-0314 at 2017-08-30 13:11 x
roll1822さん
お辛いなか、お忙しいなか
ブログ更新ありがとうございます

すでに職場復帰されたとのこと
自分は今週末、四十九日というのに
未だ自身の進退を決め兼ねており
頭の下がる思いです

連れはことばを残すどころではありませんでした

皆さんのブログを拝見していて
同じ女性の端くれでありながら
「女性は強いなあ」と思っていました
ご立派なお母様でしたね
roll1822さんがあれほど頑張られていた理由が
わかったような気がしました

残暑も厳しく
まだお忙しい日々が続くと思いますが
どうかくれぐれもご自愛ください

ご家族の皆様のご健康
お母様のご冥福を心よりお祈りします

by roll1822 | 2017-08-29 16:21 | 膵臓がん | Comments(5)

2013年10月、母の膵臓癌が発覚。ステージⅣaですが、3年間元気に生きています。最新治療ナノナイフの経過を記録していきます。


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