母の余命告知 父へのごめんなさい。


ナノナイフの手術が終わった後、一番に、父に電話をしました。

父は、不安過ぎて病院に付き添えないと言うし、むしろ母が、父の事が心配になるから付き添ってもらいたくない、と言った。

病弱だし、精神的にもすごく弱い父。

頼りにはならない。

だから、私が頑張るしかない。

父には、母の側に居てもらえるだけで良い。

一緒に車に乗って、ショッピングしてくれるだけで良い。

私にとって、父はそんな存在。。。



  「手術、無事に終わったよ!」

私が、一言言っただけで、

  「あぁ!いがったなぁ(良かったなぁ)。」

いつにない、大きな明るい声で、びっくりした。

すごく嬉しそう。こんな嬉しそうな父の声を聞いた事がない。



そして、私が感じた不安。。。

  《父は、ナノナイフで、母の癌が治ったと思ってる・・・?》

ナノナイフで腫瘍は小さくなると思う。

でも、完治は難しい。完治は、多分「奇跡」だと思ってる。


そんなこと・・・父には言えないなぁ・・・。

~ ~ ~

3年前、『ステージⅣa、手術は不可能』と診断された後、すぐに、国立がんセンターにセカンドオピニオンに行った。

そして、

  「抗がん剤治療でも、2年間も元気で生きている人は居るんですよ。」

とU先生に励まされた。

  《2年かぁ。長くても2年なんだなぁ。》

というのが、私の感想。平均は、1年ですからね。



帰りの新幹線で、母に、父には絶対に言わないで欲しい、と言われた。

父が不安だから、と。

父は、病気の母よりも弱ってしまうから、と。



でも、、、、

今年9月、主治医に、もう治療法がないと言われた時、

診察室から出た母は、一番初めに、待合室で待っている父に呟いた。

  「もう治療法がないんだど(ないんだって)・・・。」


母が、言ってんじゃん!自分が言うなって言ったのに。。。


そして、父と母は、待合室の椅子から腰を上げられなかった。


私は、一人で泣きながら帰ったよ。




それから、3日後、

父は、母に言った。

  「洗濯機と炊飯器の使い方を教えてけろ。         
       ・・・でも、あんまり早く教えなくて良いからな。」

母が、笑っていたよ。

  「あんまり早いと、寂しいんだべな・・・。」って。



その時、思い出した。国立がんセンターから帰って来た日の夜のこと。



夜、実家で、私と父と母と兄と義姉の5人。

私と兄が、母の病気の事を真剣で話している時、父は大好きなお酒を飲みながら、何か突っかかって来た。

何の事で突っかかってきたかは、覚えていない。

私は、ものすごく腹がたって、父に文句を言った。

  「なんで、そんななんだ!お母さんがこんな状態なのに!!
             なんでしっかり出来ないんだ!!!」 って。

そしたら、父が、私に殴りかかって来た。

  「なんだ。おまえ~!」って。


止めに入ったのが、母。咄嗟に立ち上がって、父を止めてくれた。


ばあちゃん子の私は、親に怒られた事がない。

特に、父は、いつも私にペコペコしてる。

初めて、喧嘩した。。。





ごめんなさい。って言いたい。。。

父は、このブログを見る事がないだろうから、、、

ごめんなさい。



本当に、ごめんなさい。


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by roll1822 | 2016-12-08 20:01 | 膵臓がん | Comments(0)